LOGINみんなの協力を得られるようになってから、和平食事会の準備は順調に進んでいった。 今日も軍の本拠地のキッチンで、私は料理に励んでいる。「肉のメインは、やはりバルクチキンの中に沢山の野菜を詰め込んで蒸した、ローストチキン風の料理が良さそうですね! これならお腹いっぱい、栄養満点、美食っぽさもばっちり!! ちょっと前回よりも、ソースに工夫をしてみようと思っていまして……」 収穫してきた野菜を手際よく洗いながら、後ろで待っているはずの大佐に声をかけるが、返事がない。「……大佐?」 私が不思議そうに振り返るのと同時、いつも堂々とした姿で立っている大佐がぐらりと膝を付き、倒れ込むのが見えた。「えっ、大佐……? 大佐っ!!」 私は反射的に、彼の方へと駆け寄る。「く……、これは……」 大佐の苦し気なうめき声が聞こえる。私が彼の手をとった、その瞬間。 ――パァンッ!! カイル大佐の軍服の上半身が弾け飛んだ。つやつやとした筋肉が露出する。そして……、「うっ」 がくりと、大佐は気を失った。 私は意味も分からず彼を抱き寄せると、混乱しながら叫んだ。「たっ……、大佐ああぁぁっ……!!」◇ ◇ ◇「筋肉風邪ですね」 軍の医務室まで、私は何とか無理やり大佐を担ぎ込んだ。 半泣き状態で巨漢を引き摺ってくる姿に困惑されたが、すぐに事情を察した軍医さんによってカイル大佐は引き取られ、ベッドに寝かせて貰うことが出来た。 そうして一通りの診察を終えた後、軍医さんは冷静な声でその診断結果を伝えてくれた。「筋肉風邪って、お城の侍女さん達がかかっていた……?」「まあ、このあたりではよくある病気ですね。カイル大佐が罹患するのは珍しいですが……」「あの、大佐は! 大佐は大丈夫なんですか!!」「大丈夫ですよ、ただの筋肉風邪ですから。数日、療養すれば元に戻ります」「よ、良かったぁ……!」 私は安堵と共に脱力した。「これ、治療の手引きですから、筋肉聖女さまにお願いして良いですか? 私はカイル大佐不在のときの軍の動向について、上に確認してきますので……」「えっ!? いや、私、聖女と言っても、医療行為は出来ませんが……!?」 慌てふためく私に、軍医さんはふっと笑って顔を近づけてきた。 ちなみに軍医さんは黒髪の女性で、素晴らしい筋肉の持ち主のマッチョ
グルメシア研究所から帰還してから、私は和平食事会の準備に尽力していた。 日中は軍の仕事をこなしつつ、休みの日や空き時間にはメニューの研究をして、小さいながら畑も作って植物を自分で育ててみたりもした。 「うーん」 そんなある日、私は軍の拠点にある自室で、机の上にノートやメモ書きを広げたまま腕を組んでいた。「メインディッシュが決まらない……!」 鬱憤を発散するように、わーっと叫ぶ。 その声に驚いて、近くで遊んでいた筋肉スライム達がぽよぽよ転がっていった。 新人研修以降、筋肉スライム達とバルキーモンキー達は、すっかり軍に居ついて馴染んでいる。筋肉による交流の効果か、他の軍人さんとも仲良くやっているらしい。「わわっ、ごめんね!」 スライム達を拾い上げると、私は小さく溜息を吐いた。「部屋の中で考え込んでいても、煮詰まっちゃうな……。お散歩がてら、畑でも見に行ってみよう!」 私は数匹のスライムを連れて、自分の作った畑へと向かった。「外の風はやっぱり気持ちいい!」 軍の本拠地の裏手を耕して作った畑には、アイアン芋、マッシブキャベツ、ショルダートマトが元気よく育っている。 水を汲んで生きたジョウロの中に、プロテインの滝の水を数滴たらして、私は日課となった水やりを行った。 その傍らで、バルキーモンキー達はスクワットしながら、畑の雑草取りに勤しんでくれている。「みんな、ありがとうね! お野菜たちも、立派に育ってきたなぁ」 少し離れた場所には、マッスルベリーやバーベル葡萄を育てている果樹園もある。 一生懸命お世話をしているとはいえ、ほんの数日でここまで成長してしまうのは驚きである。「これだけの材料があれば…! サラダに、スープに、デザートのフルーツ盛り合わせも出来そう。でも、やっぱりお魚やお肉がないと――」 「どう思う?」とスライムちゃんに問いかけても、彼らはぷるるんと飛び跳ねるだけだ。 その姿に癒されつつも、水やりを終えた私は畑の傍の草原にどさりと寝転んだ。 仰向けになって空を見上げる。 雲がのんびりと流れていく、のどかな光景である。「マッスルすみれは、花弁も葉も茎も食用に使えそう。サラダや、デザートの彩りに。アイアン芋はポタージュスープにしながら、具もごろごろと入れて歯ごたえを……」 ぶつぶつと呟きながら、私は次第に睡魔
軍の新人研修が終了して数日後、私とカイル大佐はダンベリア国の研究施設を訪れていた。 『プロテインの滝の水の効果が判明したので、報告したい』という手紙を受け取ったからだ。「お時間を頂き、ありがとうございます。カイル大佐、筋肉聖女さま」「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます!」「私は主任研究者のプロティーナです。さあ、どうぞこちらに」 眼鏡をかけた白衣姿のマッチョ男性研究者――プロティーナさんに案内されて、私たちは研究施設の奥へと進んでいった。 研究道具と筋トレ道具が同列に並ぶ棚のひしめく廊下を抜けて、辿り着いたのは開けた場所。「わあっ!」 「ほう、これは……!」 私とカイル大佐は、思わず感嘆の声を上げた。 目の前に広がっているのは、広大な畑だ。 研究施設の裏庭だと思われるその場所に、青々と作物の育った畑が広がっていた。「凄いですね。ここではいつも植物の研究を行っているんですか?」「いえ。ここは元々、研究員たちの筋トレ広場だったんですが……」(研究員たちの筋トレ広場??)「プロテインの滝の水をお預かりしたので……。試しにその水で花でも育ててみようということになりまして。その、第一号がこちらです」 プロティーナさんが指で示すが、其方には柱があるばかりで植物はない。私は首を傾げた。「……? あの、お花がどこにも見えませんが……」「いえ、その、上です」「上……?? うわぁっ!?」 私は腰を抜かしそうになった。 見上げた先には、巨大な、私の顔程の大きさのマッスルすみれの花があった。 柱だと思っていたのは、太く成長した植物の茎だったのだ。「ひええっ。な、なんですか、これは!? 私の知っているマッスルすみれは、もっと小柄な花なんですが……!」「はい。それが、育成中にプロテインの滝の水を与えたところ、一晩でここまで成長しまして」「一晩で!?」「うぅむ。これは……良い筋肉だな!」「スミレにも筋肉があるのでしょうか……」 カイル大佐の言葉に私は困惑していた。 しかし、当のマッスルすみれは風に揺られて、満足げにマッスルポーズをとっている……ように、見えた。「そんなわけで、このプロテインの滝の水には、植物の成長促進や発達を強化させる効果があると考えまして。他にも色々と試してみたのです。そうして出来たのが、
謎の大爆発に吹き飛ばされた私とカイル大佐は、演習場から遠く離れた森の中に落下した。 ――ドサドサドサァッ!! 私はその衝撃に身構えたが、痛みを感じることは無かった。「あれ、痛く……ない!? ……はっ!!」 気が付けば、私は半裸のカイル大佐に抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこの状態である。 大佐に守って貰ったおかげで、無事に怪我無く着地できたのだろう。「大丈夫か、コハル!」「ひょえっ!? 無事ですっ! あ、あああ、ありがと、ございま……!?」 真面目な顔で訊ねてくる大佐に、私は真っ赤になって固まる。 感謝の気持ちでいっぱいではあるが、それ以上に今の状況は心臓に悪い。 好きだと自覚してしまった大佐に抱きかかえられているだけでも、ドキドキしてしまうのに。 密着している大佐の上半身の服は、当たり前のように弾け飛んでいた。いや、多分、先程の爆発で吹き飛んだんだと思うけれど。 「大胸筋が……腹筋が……まるで筋肉の宝石箱や……ぴぃ」 私の脳はオーバーフローを起こし、意味不明な言葉を呟きながらがくりと目を閉じる。「コハル、本当に無事なのか!? どうした、コハル、コハル――ッ!!」 大佐は慌てて、私の身体を揺さぶる。 そんなやりとりに割り込むように、聞き覚えのある声が響いた。「……なあ、そろそろ、俺たちに気づいて貰って良いか?」「むっ?」 「ふぇっ?」 その言葉に反応した私たちが顔をあげれば、そこにいたのは十数人の軍人達。 ただし、軍服はダンベリアではなく、グルメシアのものだ。 そしてその中心で腕を組みながら困惑顔なのは、赤髪の――「グルメシア精鋭軍の、リーダーさん!」「ハバネロだ。それに、今はもう精鋭軍じゃない」「えっ、どういうことですか?」「とりあえず、降りてきてくれ」「降りる、って、何から……」 私が不思議そうに首を傾げながら足元を見ると、そこには巨大なマッスルエレファントが倒れ伏していた。「ひえええっ!? なんですかこれは!?」「どうやら落下の衝撃で倒してしまったようだな」 カイル大佐は静かにそう言いながら、私を抱きかかえたまま地面へと降り立った。「わわっ、あ、あの、もう大丈夫です! 歩けますっ!」 私は慌てふためきながら大佐の腕から解放してもらい、ほっと一息つく。 そうして私たち
「ひいいっ」 私は涙目になって、木陰に身を潜めていた。その周辺を、ノースリーブの軍服を着たマッチョ軍人たちがうろうろと徘徊している。「ど、どうして、こんなことに……」 ――そう、この話は数時間前にさかのぼる。◇ ◇ ◇「新人研修の最終訓練ですか……!」 カイル大佐と私が軍の新人研修に合流してから、1週間ほどが経過していた。 朝の挨拶代わりのスクワット敬礼に始まり、懸垂行軍、バーベルシールド演習、腕立て射撃と、その訓練メニューは苛酷なものだった。 しかし新人たちは誰一人弱音を吐くことなく、むしろ我先にと訓練をこなしていった。 流石、もともと聖バーベル教会に入信していたマッスルエリートたちである。 ちなみに彼らは自慢の上腕二頭筋を見せつける為、いつの間にか軍服の袖を勝手に切り取っていた。 その後、軍服を再支給する話も出たが、「どうせまた勝手に切りそう」という理由でこのまま放置されている。 ――そんなわけで、ついに研修最終日を迎えることになったのだ!「うむ。最後は今までとは違い、実践的な演習を行う!」 演習場である森の中、新人たちの前でカイル大佐は腕を組みつつ説明を始めた。「演習は二チームに分かれておこなう。簡単に言えば鬼ごっこのようなものだ。鬼はささみチーム、逃げ手はブロッコリーチームとする!」(ネーミングが筋肉食材……)「私はこの森の奥にある岩山で待っている。ブロッコリーチームの一人が私に辿り着ければ、逃げ手の勝ち! それまでに全員捕獲すれば、ささみチームの勝ちだ!」「おお、なんかちょっと面白そうですね。私は捕獲の判定員とかすれば良いですか?」「いや、この演習にはコハルたちも参加してもらう」「ひょえ!? 私もですか?」「ああ。人数が多い方が訓練になるし、チームワークも磨けるからな!」「な、なるほど。あれ、コハル”たち”って……?」「勿論、彼らのことだ!!」 カイル大佐の言葉と共に、森の木陰から筋肉スライム達と、バルキーモンキー達が飛び出してきた。「えええっ、こ、この子たちも参加するんですか!?」「うむ。素晴らしい筋肉を期待しているぞ!!」 元聖バーベル教会の教徒、もとい軍の新人さん達から大きな歓声が上がる。 私は筋肉ムードで盛り上がるこの場の雰囲気におされて、一切のツッコミを封じられた。「さあ、くじ引き
私のベッドの周りには、バルク3世様、サーロイン大臣、カイル大佐、キンバリー王女様、侍女の皆さん、筋肉スライム達、バルキーモンキー達がずらっと並んでいる。「……お、多くないですか!?」「いやぁ、みんなコハルの話を聞きたがってねぇ」「スライム達やバルキーモンキー達が王城に入るのは、大丈夫だったんです?」「良い筋肉だったからね! 私が許可したよ!」 バルク3世様が、さわやかな笑顔でそう言った。国王様が許したのなら、まあ良いか……。「コハルおねえちゃん、お話、聞かせて聞かせてー!!」 キンバリー王女様が、ベッドの傍まで駆け寄ってくる。 私はその愛らしい姿に癒されつつ、ゆっくりと昨夜の出来事を話し始めた。 ――プロテインの滝の存在を知り、南の森へ出かけたこと ――無事に目的地にたどり着いたが、襲撃を受けたこと ――ピンチに陥ったが、突然不思議な力がみなぎってきて勝利できたこと 「なるほど。コハルの祈りに応えて、スライム達の筋肉がパワーアップしたということかな?」 話を聞いたビルド3世様は、興味深そうに私に問いかける。「どうなんでしょうか。と、とにかく、あのときは必死で」 そういえばあのとき、何かとんでもないことが起こっていたような……。「あっ!!」「……?」「そうだ、あのとき! スライムちゃん達の、筋肉の声が聞こえてきたような……!」「なにっ!?」 驚きと共に、大佐が身を乗り出す。「それは本当か、コハル!?」「は、はいっ! もうフラフラだったので、幻聴の可能性もあるんですが」「筋肉は何と言っていたんだい?」「それは――、『躍動したい』『輝きたい』と……!」『ぷよよっ!』 私の言葉を肯定するように、筋肉スライム達はぽよぽよ飛び跳ねる。「ふーむ。なかなか信憑性のある台詞だな……」「そ、そうなんですか??」「いかにも、筋肉が言いそうな言葉だからね!」「……??」 なんとも奥の深い筋肉の世界だ。しかし、この国屈指のエリートマッスルであるバルク3世様とカイル大佐がそう言うのなら、そうなのだろう。……多分。「今も筋肉の声は聞こえるの?」「いえ、あの一度きりで、今は全く」「そうか。何か特別な時にだけ、力が発揮されるのかもしれないね」「だが、コハルの力が本物であることは間違いない。私もこの目で見たからな」「大佐…







